NY新名所 vessel

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ニューヨーク、ハドソンヤードの構造物、vesselヴェッセル。

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vesselヴェッセルは2019年にオープンしたNY、ハドソンヤードの施設です。

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vessselには器(うつわ)、入れ物、壺、船などの意味があります。
階段上げ裏、アメ色の銅板の仕上げ版が光り輝いています。


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デザインはイギリスで飛ぶ鳥を落とす勢いのデザイナー、
Thomas Heatherwick
トーマスヘザーウィック。

デザインのアイデアはフィッシャーの無限階段のだまし絵、あるいはインドの「階段井戸」(下右)です。



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右の「階段井戸」は、逆ピラミッド状に露天掘りした底が井戸となっており、それの周囲が階段になっているというものです。

vesselはいわばこれを地面レベルまで持ち上げ、下から上へ登っていくものです。


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↑頂上から見下ろした写真。
本施設は言ってみれば物見台で、特にその他の機能があるものではありません。アミューズメント施設、ということです。

■デザイン経緯 「施主の想像以上を」
計画当初、本施設のオーナー会社、デベロッパーの社長は世界の有名デザイナー5名に、ここに何を立てるかをコンペに。
しかし社長は5人の案いずれもお気に召さず却下。
考えあぐねていたら部下が、上記5人から漏れていたヘザーウイックを提案。

「12ヶ月のクリツマスツリーのようなものが作りたいんだ」

ヘザーウイックに語る社長。
つまり社長はクリスマスだけでなく、年中眺められる彫刻のようなものを考えていました。
これを受けヘザーウイックは驚く案、いわばカウンター案を提出。

「眺めるだけでなく、そこに登れるようなものを考えたんだ。」

先程の階段井戸をモチーフに「登れるクリスマスツリー」を提案。
社長は「これこそ我々が望んだものだ」と大コーフン!
もちろんヘザーウイックにデザインを依頼しました。

登れれば「入場料」も取れますから施主としては願ったり叶ったり。

施主が考えていた以上を提案。デザイナーの鑑(かがみ)です。


■ハニカム:面内には弱い
構造体そのものを見てみましょう。
これまでの写真でわかるように構造体は基本的に六角形を繰り返したものです。このようなものをハニカム構造と言います。

しかしハニカム構造は通常、面外力(N1)には非常に強いのですが面外力(N2,Q)には非常に弱く、容易に変形します。これは六角形が三角形=トラスとなっていないためです。(下図)

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N1:、面外力には強い。
N2:面内圧縮力および、Q:面内せん断力には非常に弱い


面内力に強いのは上図のタテの板が隣の板と短く接合しており、つまり互いに補剛されているので座屈長さ(幅)が短く、座屈しがたいためです。

このことよりハニカムは通常、面外抵抗するような、サンドイッチ構造の中間材=充填剤などとして用いられます。

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これよりハニカムを面内方向に使うのは本計画のようにやむを得ない場合=建築家にその形が指定されている、などで稀です。

あるいは逆に柔いことを逆手にとり、面内せん断:上図Qを作用させて制振構造のダンパーとして使う場合などです。
六角形ゆえコーナーが6コあり、そこを降伏させエネルギー吸収をさせることができます。

■ハニカムの変形:VESSELの特殊事情

ハニカムに面内に力が作用する場合について考えてみます。

下図のようにハニカムに重量Wが作用すると、ハニカム1コには下記右図のような曲げモーメントが作用します。

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ナナメ材が一点に会さず離れていますので「偏心トラス」「偏心ブレース」とも言えます。

ハニカム1コの変形は下左図のようになり、下方向に変形するとともに、6角形ゆえにヨコ方向にも伸びます。
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ハニカムが連なったハニカム全体でもヨコ方向に伸びるのですが、VESSEL特有の問題としてハニカムがリング状に閉じているためヨコ方向に伸びることができません。
これよりハニカムは変形を求めて外方向にリング径が増えるように伸びます。
直径が増えれば円周、つまり長さが長くなれるからです。

この結果、コップがヨコに膨らむような変形、となります。

■ドッグボーン

ハニカム部は施工時はナナメ材の中央に現場接合の継手を設けて運搬しています。
これによる形状から通称ドッグボーン=犬の骨と呼ばれました。

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左:全体構成図とドッグボーン(最上段)
右:ドッグボーン単体図

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犬の骨


ハニカムを構成するのは六角形の角型鋼管。
ハニカムは六角形、その材も六角形ですが、これは意図的に揃えたのではなく偶然かと思います。
四角では納まりが悪く、六角形にするか、などと。

「ドッグボーンの現場継手はどうなってんの?(゜3゜)

現場継手は上記の鋼管にそれと同径の穴あきフタ=エンドプレートをつけ、それをボルト接合、となっています(下図)

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「へ?ボルトどうやって締めるの?締められないっしょ(゜3゜)

コレですが、なんとドッグボーン中央の水平な鋼管にマンホールを明け、そこから作業員が鋼管に入り、鋼管内からボルト締めするとのこと!
なんか怖い作業です。

「時給高くないとやらへんで(゜3゜)

上記により接合部は外に現れず、意匠性のある仕上がりとなっています。



かつて、私が某橋梁設計氏とお話したところ、
「(日本の)アーチ橋の場合、アーチは人がメンテで入れる径の必要がある」
と聞かされ、ビックリして目からコンタクト、じゃないウロコが落ちてしまいました!

それゆえあまり細くできないとのこと。。。

今回のvesselも上記ゆえの鋼管のサイズかもしれません。



■階段部の応力

vesselの構成要素は前述のハニカムそのもの=主体構造と歩行空間としての階段と踊り場。
つまり上記の「ハニカム」「歩道」2つのみですから非常にシンプルです。
また構造体そのものが建築を成しているとも言えます。

ナナメの階段部はハニカムの左または右に階段を片持で飛び出させています。つまり階段部は鋼管にはねじりモーメント支持ということ。
また階段部下面には三角形状のリブが階段に直角に取り付いています。


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「へ?階段の重量は重力鉛直に働くから鉛直じゃないの?
                             それが 基本っしょ?(゜3゜)


。。。ともし思ったら大間違いです。
以下の図で説明します。




図のような、板状の連続階段にて説明します。図の奥側、階段の右側は今回のハニカムなどのように何かに支持されているとします。

階段に自重や人の重量Wが鉛直=重力方向にまず作用します。
するとこのWは階段の面外F1,面内F2の分力に分けられます。
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階段面内方向力F2は上左図のように階段板面内のT,Cにて上下端に伝達されます。TとCを合わせて考えるとこれは板面内にモーメント:上図M-F2が作用していることに相当します。板材は板のタテ長さぶんが梁成に相当しますからT,C,M-F2には容易に抵抗できます。

面外力、F1は階段の板の直交方向=面外方向に作用し、これにより面外モーメントが生じます。これについては階段自身の厚さ、またはリブ(上図)にて抵抗させる、となります。

これらのことよりVESSELでも階段リブは階段斜め板のに直交方向に取り付けられています。




なお、階段と踊り場の交点位置はリブ梁は不要です。これは以下のような折版効果が働くためです。
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(左:立体図示 右:立面図)

上図で階段の奥は何らかの材で支持されているとします。

ここで、階段部と踊り場は必然的に斜めに交差しています。
これより鉛直力Wが作用するとこれに釣り合うF1,F2の分力:面内力が生じます。
板材の面内抵抗力は大きいのでほとんど何もせずに抵抗させることができます。

なお折板構造の必要条件は

1.2つの面が角度を持って交差していること
2.折板の形(角度)が崩れないこと  
3.折板の面内力を受ける、処理する反力体があること、です。

1は階段なら必然的にそうなります。
2については両者が例えば剛接合などでその形がキープされていれば事足ります。
3については梁などの材を沿そわせるなどすれば良いです。

これより階段ー踊り場交差部=階段登りはじめ、登りきり位置に梁は不要となります。
マンションなどで多用する外部階段にも同じことができます。

手前味噌ですが私のこちらのサイトも参照ください




■ハドソンヤード:現代の「打ち出の小槌」

本地区:ハドソンヤードとはマンハッタン島西側(地図で左側)沿岸ハドソン川ほとりの部分。現在再開発真っ最中のニューヨークの新名所。

マンハッタン西側の注目エリアでウエスト・サイド・ストーリーというわけです。
ヤマダく~んざぶとん1枚。

ハドソンヤードの「ヤード」は列車の操車場の意味で、そこの上にフタを掛け、新街区にする、というプロジェクト。

鉄道会社はそれの「賃料」をもらうという仕組み。

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(手前側が線路、奥側がフタをしたハドソンヤード)

鉄道会社にとっては元々遊んでいた「空:そら」を売ってカネが入るのですからまさに現代の「打ち出の小槌」です。

このような線路の上に土地を、というのは近年の都市計画の新手法のようです。
都心にはもう土地は無いですからね。
日本だと都内随一のビッグターミナル、新宿駅の「バスタ」がまさにコレ。山手線の上に人工地盤を構築したものです。

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かつて私が聞いた話では、このような場合、提案を受けるJR側は「ウチになーんもメーワクが何も掛からないっちゅーんだったら許可してやってもいいよ。」というなんともアレな姿勢とのこと。

「工事中に線路に一切モノを落とさない」とか「線路間に柱を林立させても線路に影響ない」など幾つもの厳しい条件をクリアする必要が有るそうです。

鉄道会社としては全く損はなく、上述のように寝ててもカネが入ってくるのですから左ウチワ。なんとも腹の立つ話です(^^;)

日本の丸の内、東京駅も頭上空間:空中権を周りに売った、というものですから似たような話です。その値段はどうやって決めたのでしょうか。




同様なアイデアとしてハイウェイにフタをして人工地盤を作る、というものもあります。

かつて本サイトで取り上げたパリ新都心、デファンスのジャパンブリッジ (こちらも) はハイウェイをまたいでいましたが、今はそのハイウエイにフタをしてビルを建てたのこと!


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ジャパンブリッジの背後にビルが。アーチ下にはハイウエイを飲み込む「暗渠」が口を開けています。


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右上写真、L型、長靴のような建物がそれ。その下側にジャパンブリッジのアーチが見えます。

このビルはハイウエイをまさにまたぐようにワンスパンフレームを作り、その上に建てています。
長靴の背面、白く3つ見えるのがまさにそのまたいでいるフレーム。

こういうの。フツーの、「地面の上に建物立てる」とエライ違いますから、基礎設計など設計はタイヘンでしょう。
とはいうものの、そもそも「駅ビル」はそういうものかもしれません。
あ、けど駅ビルはまだ線路が開業していない段階で作ることが多いか。

■名称
本施設、現況はvessel (TKA)と呼びます。TKAって何?
TKAは通称という意味の略称。
つまり言ってみれば「vessel(仮称)」というわけです。

正式名称はそのうち決める、というワケ。
けどもう既にその名で浸透しており、変えないのでは?

またオーナー会社のオフィシャルサイトでは
"NEW YORK'S STAIRCASE" ニューヨークの階段
という、なんとも素っ気ない名前となっています。

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(中は空洞、まさにコップ。右上はかつて本サイトで挙げたシェッド)




■悪評
vesselは以下のような「悪評」も話題となりました。

一つは「vesselの写真はvessel所有会社のもの」というものです。
vesselに来た観光客がコレをスマホで取ってインスタに上げたとして、その写真の著作権はvesselを所有するオーナー会社が持つ、というものです。

「オマエのものはオレのもの」というジャイアン的発想。
発表したとたん、インスタ住人らは猛反発。
耐えきれず結局取り下げとなりました。

もう一つは図らずも自殺の名所となってしまったことです。
竣工以来、3件、自殺が起こっており、これよりオーナー会社は本施設を無期限閉鎖としています。

自殺防止するには手すりを高くするか(ハード対処)ガードマンを配置するか(ソフト対処)くらいしか方法がありません。
手すりを高くするなら全てのそれをそうする必要があります。

コロナ禍もあり、今まではどうせ客足も鈍くて閉鎖で良かったのかもしれませんが、このままでは今後施工費をペイできません。どうするのでしょうか

。。。と思っていたらネットサイトでは「イケアに施設命名権:ネーミングライトを売る(かも)」との記事が。
   そうか、その手が。。。

命名権もなんの元でもいりませんから、こちらも「打ち出の小槌」です。
「権利」を売るには元手がいりません。

特許権、登録商標、著作権、使用料、
肩たたき券、握手券
オレ、アタシとデートできる権。。。

どうしてもお金に困ったら、権利を売ること、売れる権利はないかを考えることです。
ハニカムダンパーの特許でも取るか。。。
それか、最悪、オレとデート権。。。

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■人の"vessel"
しかしさっきのvessel写真の保有権も含め、あまり権利を声高に主張するのは得策とは思えません。
スカイツリーも正式には®をつけてスカイツリー®として登録商標であることを示さねばなりません。
しかし自社の権利を守る代わり、周りに手間がかかります。

人としての器vesselが小さい、ということです。

お金は入るかもしれませんがそれに比例して人望を失いかねません。

小銭に執着せず、権利なんか取らず「自由につかってくれていいよ~」としてはどうでしょうか。

カラオケ、インターネット(wwwワールドワイドウェブ)はその、偉大な例です。

そのほうが結果的に人も集まり、その寛容さ、太っ腹さへの感謝はその大きな器さえも満たし、溢れ、結果的に金銭的報酬もついてくるかもしれません。


うまいこと器vesselで締めのまとめが決まりました(^^)v




関連リンク

¥3,497  オススメ度★★★★
vesselのモノグラフ。
文章少なめできれいな写真多数。
施工時写真も。


本の左上が階段状にカットされた異型本。
3500円と安く雑誌感覚で買えます。





Heatherwick自身によるvesselの説明youtube。施工風景も。







蛇足のあとがき

うまいこと器vesselでまとまりましたが元々考えていたオチではなく、書いていくうちに思いついたものです。

「文章は手が書く」とも言われます。
これは書いていくうちに脳が刺激され関連項目、記憶がズルズルと引き出されるという意味です。
これより文章を書く必要が有る場合は「とりあえず書き出せ」とも言われます。




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