「白鳥の羽根」のような超軽量屋根! | H・シーゲル / シュライヒ・バーガーマン / シュツットガルト Mercedes Benz Stadium / H.Siegel and Partner / Schlaich Bergermann / Sttutgart |
'06のサッカー・ワールドカップはドイツにて熱戦が繰り広げられました。
この会場となったスタジアムの多くをヨルグシュライヒ氏が手がけました。
この中のひとつ、ループリング構造のベンツ・スタジアムを見てみましょう。
|
■世界陸上のために屋根を増設 本スタジアムのスタンド(観客席)部は、まず1933年に建設されました。 その後、本スタジアムは1993年の世界陸上選手権の会場となることになり、 そのスタンドの上に屋根の増設が計画されました。 しかし、既存スタンドの構造は弱く、その上に直接、屋根構造を乗せることは出来ませんでした。 また川に隣接した建設地の地盤は弱く、なるべく軽量な構造とすることが求められました。※1 さらには厳しいコスト、工法、大会開催までの工期など、難しい条件をクリアする必要がありました。※2 これらより、設計チームは最終的に、既存スタンドとは別に、 その外に、完結した別の屋根構造を新たに作ることとしました。 |
※1敷地の地中に飲料用の地下水が流れており、杭を打つとこれを汚染するため、 直接基礎とすることが求められた。 ※2スタジアムでは夜ごとプロサッカーが行われおり、
これを邪魔せずに工事する必要があり、スタンドに足場を立てる工法は不可能だった。
これらの条件は、客観的に見れば無理難題である |
このスタジアムの屋根を見ると、「これはどうなってんだ?」 と思うかもしれません。 細〜い柱が数十メートルもある屋根を軽々と支えており、 しかも構造のシステムがパッと見て分からないからです。 実はこの屋根はリング構造を用いた、立体構造となっています。 リング構造とはどういうものでしょう? その例を示します。 リング構造は図1のように、外周リング、内部リング及びそれをつなぐ放射ケーブルで構成されます。 ここで、この内部のテンションリングのケーブルに張力を入れる=縛り上げると、
放射ケーブルはそれによって内側に引っ張られます。 これにより、リング構造には自立した、ひとつの閉じた系:システムが構成されます。
これを踏まえて本スタジアムの構造を見てみます。 本スタジアムの屋根は、内側にテンションリング、外側に2つの圧縮リング、
そしてそれらを結ぶ上下の放射ケーブルにより構成されます。(図2、図5)
この屋根を、まず屋根がない状態で、内側のテンションリングを縛り上げ(プレテンションを与え)ます。 そうすると、先ほどのリング構造の原理で放射ケーブルは引っ張られ、空中に浮いた状態となります。(図3)
次に屋根を乗せると、その重量は吊りケーブルを伝わってナナメの上側放射ケーブルを伝わり、
最終的にポストに渡されます。(図4) このとき、放射ケーブルの 力の水平成分は圧縮リングに伝達され、鉛直成分のみがポストに渡されます。 これよりポストには鉛直力=軸力のみしか作用せず、曲げモーメントがかからないので、極端に細い断面で済みます。 このようにして屋根は立体的な力の釣合いが保たれています(図5) 下側の放射ケーブル間にはパイプアーチが架け渡され、この上に膜屋根が張られています。 ■風が吹けば桶屋が儲かる? 設計作業の終盤に、施主である市当局は、屋根の膜材が高価なため、 それをもっと安価な鉄板屋根に変更するよう、設計者に求めました。 これに対し、構造設計をしたシュライヒ氏は「風が吹けば〜」的な論理立てで、こう説明しました。 ・鉄板屋根にすると、屋根下は光がさえぎられて暗い雰囲気になる |
図1. リング構造の概形 内側のテンションリングを縛り上げると、その力により
放射ケーブルは引張られ、さらには外周リングには一様な圧縮力が生じる。
図2. スタジアム断面概形 (図5も参照) A:テンションリング
B:上側放射ケーブル
図3. 屋根に働く力(1):プレテンション導入 テンションリングを縛り上げると、上下放射ケーブルは引っ張られ、空中に浮く。 図4. 屋根に働く力(2):屋根重量の流れ
屋根重量は吊りケーブルからナナメの上ケーブルを伝わり、ポストへ流れる。(左図)
図5. 屋根に働く力(3)
立体的な力の釣合いが保たれている。
|
|
■ドーナツ状屋根に最適 この構造は今から20年ほど前に生まれた構造で、
「ループリング構造」「放射リング構造」などと呼ばれています。
スタジアムの屋根など、円形で、中央に大きな開口を持つ= ドーナツ型平面の時に非常に有効な構造です。 しかしテンション構造であることから設計、解析とも高級であり、そうカンタンに手が出せるものでもありません。 世界でもまだあまり例がなく、またそれらも有名事務所:シュライヒ氏、アラップなどによるものがほとんどです。
またこのベンツ・スタジアムは、そのような高級な構造ながら、 構成が非常にシンプル:部材数が少ないのが特徴です。 屋根を見上げると見えるのは膜材と放射ケーブル、それにパイプアーチがまばらにあるだけです。 この結果、屋根の平均重量は13kg/m2!と、一般的な鉄骨屋根:約100kg/m2強
の約1/10!の、異常なほど軽い屋根になっています。 また重量が軽いだけでなく、美的にも優美です。 さらには柱などの部材が非常に細く、これは徹底した軸力構造: 部材に曲げモーメントを生じさせない計画となっているからです。 高級ながら、無駄を徹底的にそぎ落とした、軽量構造の極みと言えるでしょう。 |
※地震国の日本でも問題なく建設できるが実現作はない。
※考えてみよう! テンションリングに張力を入れるには具体的にどうやるのでしょう? |
関連リンク |
||
本スタジアムを構造設計したヨルグシュライヒ氏の事務所 |
books |
||
|
|
'06/07/07 upload |