シティコープ・タワーの危機(2)\斜め45度/

今回は「シティコープの危機」後編 斜め45度の分析編です。

前編:ストーリー編はコチラ

今から35年前、学生の何気ない一本の電話からバカデカい設計ミスを発見してしまった、超高層の設計で高名な構造エンジニア、ルメジャー氏。

4本柱を建物の隅ではなく、壁面の中央位置に配置したことによる斜め方向からの風圧力、及びブレースの接合部を現場で溶接からボルト接合に変更されたことより、ビルの大幅な耐力不足が明らかに。

ニューヨーク、マンハッタンのど真ん中で約300mの超高層が、「ちょっと強め」のハリケーンが来たら倒壊してしまう可能性が生じたのです。

苦渋の末、多数の協力者とともに超高層の改修に挑みます。

ハリケーンのピークである11月に間に合わせるために8-10月の3ヶ月、襲いかかる様々な困難と闘いながら。。ビルを補強。ついに地上最強のビルへと蘇らせたのです。


「ちょっと変わった」柱配置にしたがゆえにとんでもない事態に巻き込まれてしまったシティコープタワー。

このドラマについて、2つの捉え方があるでしょう

ひとつは設計ミスがあった場合の対処法:技術者倫理

もうひとつは目の高さが低いかもしれませんが「なぜ斜め45で弱いのか」という純粋に工学的な問題です

前者の技術者倫理については他のサイト、ブログなどでも述べられており、また本サイトで扱うにはテーマが大きすぎ、筆が鈍ってしまうため、そちらに譲ります。

以下では後者の45度について述べます。


■斜め45度

単純な4本柱の建物を考え、横方向力:風圧力が作用したとします。これによる柱の軸力=引っ張り、圧縮力は以下となります

N=M/L    N:柱の軸力(引張or圧縮)

M:横力により建物が倒れようとする力:転倒モーメント

M=Qw×h  Qw:ビルに働く全風圧力(せん断力) h:それが働く高さ だいたい高さの1/2

L:柱間距離 スタンスとも言います

柱のNと釣り合うように建物にタテのせん断力Qv1が働きます。これが外壁メガブレースに(ナナメの角度に応じて)作用します。

(単純な4本柱の時。左:平面、右:立面と力の作用状態)

では今度は45度です。カンタンのためMは同じと仮定します。

通常のビルの場合、スタンスは下図のように下図のようにL’=1.41L (1.41=√2)に増えますから、あとは前述の式にあてはめると、Nは逆に減ります。N’=M/1.41L=0.71Nです。

このことより、通常のビルでは斜め45度方向の検討は省略することが出来ます。

シティコープの場合でも上記のことよりNYの設計指針に45度方向の検討は強制されていませんでした。

ではシティコープ型ではどうでしょう。

45度方向の時のみ述べると。。。下図のようにスタンスLが減っています。

スタンスは0.7倍となり、これより柱の力Nは逆に√2=1.4倍に増えてしまいます。

N2=1.4N。ルメジャー氏が青ざめた瞬間です。

同様に上層のブレースの力も1.4倍:Qv2=1.4Qvとなります。。

■タワーの鉄則

建物を転倒に対して強くするには柱を建物のなるべく隅に置くのが鉄則です。そうやってスタンスの距離を稼ぐのです。

エッフェル塔は真上から見ると正方形ですが、4本の足はコーナーに落ちています。

さらには立面で見た時に足元を八の字状に末広がりとすることでさらにスタンスを稼いでいます。

普通そこまでやるのに。。シティコープは自らスタンスを削ってしまったのです。

(右はエッフェル塔の平面概形)

非常に偶然ですが、シティコープの建築家、スタビンス氏がデザインした横浜ランドマークタワーは、上記エッフェル塔の鉄則を守っています。4本のメガ柱をコーナーに据え、足元は末広がりとなっています。

シティコープ危機が公になる2年前の1993にオープンしたこの超高層。もしかしたらスタビンス氏はシティコープで懲りて、以降、タワーの鉄則を守り通すことにしたのかもしれません。

■不静定次数

「シティコープ危機」のもうひとつの要素としては柱の数が少なかったということです。専門用語で言うなら不静定次数が低かったのです。

もし下図のように柱がいっぱいあるなら。。コーナーが空いててもさほどスタンスは減りません。ナナメの長さは1.4LはないでしょうがLを割ることはないでしょう。影響は小さかったのです。

シティコープは柱が4本で最小で、斜め長は0.7Lとなり、それも災いしたのです。

■類似例

このシティコープの柱配置に類似の例としては菊竹清訓氏のスカイハウスがあります

しかしこの場合、住宅で規模が小さく低層ですから余り問題にはならないでしょう。

構造設計したのは菊竹氏の名コンビ、松井源吾氏。


■かくいう私も(>_<)

これまで淡々とエラそうに述べてきましたが、かく言う私も、このシティコープと同じ事態に陥ったことがあります。

あるRCマンション。柱は4本でこそありませんでしたがそれに近いものでした。

設計の終盤にかかったある日、ルメジャー氏よろしく、斜め時の柱の軸力が1.4倍になることに気づいたのです(><)

慌てて再設計。しかし柱に鉄筋をいくら入れても追いつかず、鉄骨を入れてSRCとなりました(泣)

しかし幸か不幸か、当計画はアンビルト、施工されませんでした。

その理由は聞きませんでしたが、SRCがゆえに工費が上がっての中止であれば。。恥ずかしい限りです。■水も漏らさぬ設計を

シティコープは普通とはちょっと違ったアイデアを用いたわけですが、そのような、普通と違うことをやると大きな落とし穴にはまる場合があります。しかも取り返しの付かないほどバカでかい穴に(ルメジャー氏のように)。

「これをやったのは日本でオレが初めてだ」「コレはオレが発明した」なんて豪語するのはいいですが、それは水も漏らさぬ検討をやった末の言葉なのか、それともバカ丸出し、何も知らない裸の王様なのか。。

いかん。筆が滑りすぎました。

神様に手痛いしっぺ返しを食らってからでは。。遅いのです。

「この問題を知っているのは世界で私一人だ」と思ったルメジャー氏も、改修へと心を決めた理由の1つは

「人間は騙せても神様はダマし通せない」と思ったからとのこと。■誰もやらないのは理由がある?

また、オレが初めて=誰もやったことがない、とは何か理由があって、誰もやらないのかもしれません。つまり落とし穴(不具合)があるからみんな避けて通った、と言うわけです。

なんでココ通らないんだと、進んで行くと落とし穴に落ちて、周りにホラみたことか、と笑われてしまいます。つまり「落とし穴が見えるまで」十分な検討が必要だということです


このように、「普通と違う」ことをやる場合は熟練した先輩にアドバイスを求めるとか、あるいは小さなプロジェクトで試して徐々に大きなものに移る、などとするのがよいでしょう。


なにはともあれ、今日もシティコープタワーはルメジャー氏の苦労などどこ吹く風。。何事もなかったかのようにNYのマンハッタンのスカイラインを彩っています。


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Comments

“シティコープ・タワーの危機(2)\斜め45度/” への1件のコメント

  1. […] 後編はそれに対する分析です。 コチラ […]

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